トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

ファミコン30周年 ファミコンの生みの親が語る、ヒットの秘訣


本日2013年7月15日でファミコンは生誕30周年を迎えます。
この30年で様々なハードやソフトが生まれ、最近ではスマホやクラウドといった、
新しいゲーム機器も台頭してきています。

そんな中、ファミコンの生みの親である上村雅之さんが、
現在のゲームの作り手に求められている資質を語ってらっしゃいます。
ゲームに限らず、家電を含めたエンジニアに向けたメッセージのようです。


 日本経済新聞
「よく遊べ、ヒットはそこから」 ファミコン開発者

(全文読むには会員登録が必要です)

上村さんについては、過去記事「ファミコンのえんじ色は社長のマフラーの色だった」でも触れていますのでそちらもどうぞ。


 ・開発期間+上村さんの人生=ファミコン


上記記事から引用します。

■「うれしくて涙」

 「どうしても欲しい」。小学生の時、電池なしで聞ける鉱石ラジオの作り方の本を読んだ上村は、京都市内の電気街に自転車を走らせ材料を集めた。試行錯誤して組み立て、手製のラジオから突如音が聞こえた時には「うれしくて涙が出た」

 自分で作ったアマチュア無線機は10台は下らない。「とにかく遊ぶことに没頭した」という高校時代は音楽に目覚めた。学校にステレオを持ち込んで自作のスピーカーとつなぎ、クラシックコンサートを開いては友人を喜ばせた。

(中略)

「驚くような商品を作るのは、たくさん遊んできた人でないとできないんですよ」。ファミコンは徹底的に遊んだからこそ生まれた。ヒット商品不在の関西家電業界。復活には遊び心を取り戻す努力も必要なのかもしれない。(敬称略)

上記URLから引用しました。
赤太字強調は私によるものです。



上村さんは御年70歳。私たちとは違い、子どものころはテレビもネットもゲームもありませんでした。
自らの創意工夫で遊びを作り上げていった世代なのです。

その経験がファミコン開発のときに活きてくるわけです。
当時はゲーム&ウォッチでヒットを出していたものの、家庭用ゲーム機の開発など初めて*1です。
0からモノを生みだすようなもので、相当な試行錯誤があったでしょう。

*1 厳密に言えば、それまでも「テレビゲーム6」と「テレビゲーム15」という商品を発売していた。
ファミコンは、「カセット交換式のゲーム機」という点で、作るのが初めてであったのだ。


しかし、ファミコンに適した半導体を探すという行為は、子どものころにラジオの材料を探しまわる行動と本質的には同じです。少年時代に自分一人でモノを作り上げる経験を積み、青年時代に遊びに没頭することで、人を楽しませる方法も学んだのでしょう。

その結晶がファミコンです。
開発期間に加え、上村さんがそれまで歩んできた人生があったからこそ生まれたゲーム機なのです。



 ・遊びの本質を考えよう

現在、上村さんは、立命館大学大学院教授として教鞭を振るわれています。
授業の中で上村さんは、以下のように学生に問いかけるそうです。

「コンピューターを使わないゲームを考えてみて」

パソコンに頼らず手近な物でどんな面白いゲームが作れるか。
その作業から遊びの本質を学生に気付かせるのが狙いだそうです(上記記事より)。

ビデオゲームは、作り手が遊び手を楽しませるために考えた仕組みを、ゲームハード上で表現したものです。豪華な映像や音が出せるとかではなくて、どうすればユーザーが楽しめるのか、その仕組みを考えるのがクリエイターの役どころです。


著名なクリエイターは、小さいころ・若いころに必ず現在に繋がる「遊び」をしているものです。
宮本茂さんも少年時代は野山を駆け巡り、中学生のころは漫画化を志していました。

自然への探検は、私達が今プレイしているゲームフィールドの原風景とも言えるでしょう。
漫画の執筆においては、どのようにすれば人にウケるか試行錯誤したはずです。
この経験が現在のゲーム作りにおいて大いに役立っているのは言うまでもないでしょう。



 ・いま再認識される遊びの重要性

本当にユーザーのことを考えたゲームを作ろうとしているのか、
というふうに最近はよく言われているように思います。
その原因の一つは、作り手の「遊び」の経験がなくなってきているからかもしれません。

ここでいう「遊び」とは、2つの視点を学ぶことだと思います。
1つは、「面白かった」と感じるユーザーの視点。
もう1つは、「面白がってくれた」という作り手の視点です。

モノが豊かな現代に生きる私たちは、ユーザーとしての経験は多く持っていますが、
作り手としての経験はあまりないように思います。

ゲーム開発はもちろん、最近のゲームは豪華すぎるせいか、
「既存のゲームに自分たちのルールを追加して独自の楽しみ方を作る」、
という体験もしにくくなってきているのでは。


今から遊びを作り上げるのは大変かもしれませんが、
自分が面白いと感じている遊びに対して、「どうしてこんなに面白いんだろう」と、
思考するのが重要になってくるのではないかと思います。


最後に一言。ファミコン30周年おめでとうございます。
これからも面白いゲームを作っていってください。
私は今後も任天堂および、面白いゲームを作るすべてのメーカーを応援していきます。



 過去記事
・ファミコンのえんじ色は社長のマフラーの色だった



Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

プロフィール

こひきち

Author:こひきち
ゲームについて思うことを語ったりゲーム音楽について取り上げています。
任天堂成分多め。
岩田社長のファン。


姉妹サイト「会社員失格」もどうぞよろしくお願いします。

twitter_32.pngトゥイッターもやっています。

最新記事

おすすめ記事

カテゴリ

月別アーカイブ

アクセスカウンター

最新コメント

トゥイッター

リンク

邪魔にならない程度の広告

検索フォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。